公認会計士の武田雄治先生から、新刊『「社長」の本分』(中央経済社)(以降「本分」)を献本いただきました。

武田先生は多くの著作をお持ちで、2019年に『「経理」の本分』を刊行しています。
題名だけみると「本分シリーズ(?)」の第2作のように見えますが、内容的には2012年の「社長のための1年で会社を黒字にする方法」、2014年の『社長のための1年で売上が急上昇する「黒字シート」』に繋がる中堅企業の社長をサポートする系譜の作品です。

本書は中堅企業の経営者を想定読者とし、次のような構成をとっています。

  • 第1章 経営環境の変化
  • 第2章 ビジネスシナリオ
  • 第3章 マネジメント
  • 第4章 財務分析と利益最大化
  • 第5章 財務戦略と企業価値最大化
  • 第6章 マーケティング、イノベーション
  • 第7章 経営哲学、リーダーシップ

1冊で経営の全体像を示すことを目的としているため、その内容は経営計画から財務・会計、マーケティングまで広範です。
このような構成をとる場合、各内容が総論的な抽象論に陥ってしまう恐れがあります。それを避けるために本書では次のような工夫が凝らされています。

■論点を図表化
書籍中において17種類の「ビジネステンプレート」が紹介されており、これらを順番に作成していくことで中堅企業においても経営戦略・経営計画が構築できます。各章と使用するテンプレートの関連は「本書の全体像」として冒頭(ⅳページ)に整理されています。

■具体的事例を織り込む
各テンプレートの記載事例にとどまらず、武田氏自らが主宰する「黒字社長塾」で体験した様々な経営者とのやり取りが紹介されています。

今回、比較対象として取り上げるのは元双日CEOの西村英俊氏が著した「会社は毎日つぶれている」(日経プレミアムシリーズ)(以降「比較書」)です。
この書籍は、日経新聞の土曜朝刊に掲載されている「リーダーの本棚」でINPEX会長の北村俊昭氏が紹介しているのを目にして購読したのですが、大変、おもしろい本でしたのでこの機会にご紹介したいと思います。

比較書は、次の一文から始まります。

「会社というものは、どの会社もいつもつぶれかかっています。いや、毎日つぶれています。正確に言うと今日突然つぶれることもありますし、昨日も今日もそしてまた明日も少しずつ少しずつ、部分的に傷んでいってその傷に耐えられなくなった日に破綻するということもあります。」(比較書14ページ)

つまり、タイトルの「会社は毎日つぶれている」は、「(日本のどこかで)会社は毎日つぶれている」という意味ではなく、「すべての会社が、毎日、部分的につぶれている」という意味なのです。
これは、少々、悲観的すぎると思われるかもしれません。しかし、日商岩井とニチメンの統合時に4千億円を超える損失処理をしてきた西村氏の話を読めば、その危機感も納得できます。
「本分」の冒頭も
 「1.環境変化に対応できないものは死ぬ」
という節から始まっていますから、両著者が感じている経営の難しさは同レベルのものでしょう。

「本分」が実務書として経営に必要な要素を網羅的、体系的に解説しているのに対して比較書は、体験談をもとにしたエッセイ集です。両者の構成が異なっているからこそ、この2冊は補完しあえる内容になっています。

たとえば
「本分」の「第4章 財務分析と利益最大化」と比較書の「第2章 なぜ、人員整理を一番先にしようとするのか」
「本分」の「第7章 経営哲学、リーダシップ」と比較書の「第12章 法律の上位にある倫理とモラル」を比較しながら読むのが有益でしょう。

「本分」の最終章「第7章 経営哲学、リーダーシップ」では経営理念の考え方とリーダーシップを構成する要素について説明しており、この中で武田氏はリーダーシップの中心となる最も重要な資質を「自己犠牲の精神」と定義しています。
同様に、比較書「第12章 法律の上位にある倫理とモラル」の中で西村氏は社長の持つべき社会性として「自らの「心に愧じることのない」というレベル」(=ethical,倫理)を求めています。
私も仕事柄、さまざまな経営者の方々とお会いしますが、経営者やリーダーに求められる最大の資質が「倫理観」という意見に強く同意します。
自らが生来持つ倫理観を否定される局面に遭遇した場合、その人が組織に残るのは困難です。一方、人々の持つ倫理の水準は個人ごとに大きく異なるため、それらを統率する経営者の倫理水準は高くならざるを得ないのです。

比較書は上場企業における経営体験をまとめたものなので、中堅企業では通常生じない業務に関する記述も多いのですが、メディアの特質を知った上での情報開示方法(比較書142ページ以降)や総会屋対策のエピソード(比較書210ページ以降)は興味深いものでした。

ということで、本日は『「社長」の本分』と「会社は毎日つぶれている」を比較しながら読むことをお勧めしましたが、比較書は2009年に刊行されたものなので、現在は中古本でなければ入手が難しいようです。一方、『「社長」の本分』は、出版直後で多くの書店で平積み(又は面陳列)になっているでしょうから、まずはこちらから手に取っていただくのがよろしいでしょう。