本日は、株式会社フュージョンズの杉本啓氏の「データモデリングでドメインを駆動する」をご紹介します。(Disclaimer:作者の杉本氏と当方は同時期にアーサー・アンダーセンに在籍しておりまして、先日、開催された会計チームのOB会で本書刊行のお話を伺いました。)
杉本氏は経営管理パッケージのfusion_plusを開発・販売するフュージョンズ社のCEOですが、自らパッケージ開発に携わるバリバリのエンジニアです。
本書のタイトルは「データモデリングでドメインを駆動する」、副題は「分散/疎結合な基幹系システムに向けて」で、本文は4部構成になっています。
- 第1部 基幹系システムとデータモデルの現在的意義
- 第2部 データモデリングの実践書
- 第3部 分散/非同期/疎結合の基幹系システムへ
- 第4部 モデリングのファウンデーション
ここまでの内容をみるとコーディングの技術書に見えますが、本書の主テーマは基幹系システムを再定義することです。冒頭の第1章は次のような内容です。
- 1.基幹系システムと帳簿はなぜ存在するか。
- 2.データモデリングはなぜ必要か
- 3.ERPはデータモデリングの重要性を減じるものではない
- 4.既存の基幹系システムを解体し、新たな基幹系システムを構築する
現行の基幹系システムに対して活動のシステム(SoA: Syetem of Activities)と経営管理のシステム(SoM: System of Management)という軸を使って、あるべき基幹系システムの姿に整理していきます。これによって、現場とマネジメント層というユーザーの違いから生じるニーズのアンマッチが可視化されます。
この前半部分の議論は、IT担当の方だけではなく、会計業務に携わる方々の普遍的なテーマである「制管分離」(制度会計と管理会計の区分)について、ひとつの指針になるものです。
私自身もITコンサルティングを業としているのですが、近年のITプロジェクトはERP導入が中心になっているため、システム開発といってもデータ構造は既に決められており、本書の対象とするデータモデリング業務に携わるケースは稀でしょう。(正直、申しまして、旧情報処理技術者試験第1種のCOBOLerである当方には、本書、後半部を評価するだけの知見はございません)
しかし、著者は本書を単なる技術書として著したわけではありません。著者の想いが終章にまとめられていますので長文になりますが引用します。
「基幹系システムを構築する仕事は、苦労以外の何物でもありません。仕事で充填された日々。大きな視点で話せなければ軽視され、小さなことを見落とせばなじられます。
(中略)
そうした苦労を、私たちは何のためにあえて担うのか。システムの存在意義が腑に落ちなければ、私たちはけっして苦労を乗り越えられず、真っ当なシステムを創り得ないでしょう。存在意義は要件とは異なります。要件とは、こういうものが必要だという記述ですが、存在意義とは、私たちはなぜこれを作るのかという問いに対する答えです。私たちは自分の存在意義を必要としています。つきつめればそれは、基幹系システム自体の存在意義を深く見つめ、現在の仕事との関係をたぐることからしか得られないでしょう。」(p365、太字部分は加筆)
話は飛びますが、西川美和監督、役所広司主演の映画『すばらしき世界』(現在、Amazon Primeで無料視聴可能)の中で、堅気の生活から再びヤクザの世界に戻りそうになった主人公をキムラ緑子演ずる組長の奥さんが押しとどめる印象的なシーンがあります。
その中で、奥さんは博多弁で次のように諭します。
「シャバは我慢の連続ですよ。 我慢のわりに対して面白うもなか、やけど、空が広いちいいますよ。」
本書を読めば、ITに係わる人々の空は必ず広がるでしょう。
本文よりも先に、まずは362ページからはじまる終章から読み始めることをお勧めします。
本書は、データモデリングの技法を伝えるだけではなく、システム開発の意味をあらためて考え直す思想書としての価値が大きい1冊です。
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