武田雄治先生と浅野雅文先生の新刊 『決算・監査コストの最適化マニュアル』(以降「本書」)をご恵贈いただきました。
この時期、上場企業の取締役会では、会計監査人の選解任が議論にあがります。
その際に、取締役や監査役からは
「どうして、毎年、監査報酬が上がっていくのか!」
「この報酬単価は妥当なのか?」
という意見が噴出します。
私が社外取締役として関与している会社でも、この議論の際には、会社側ではなく会計士業界の代表という立場として矢面に立たされ、いつも説明に苦労しています。
会社側が監査報酬に不信感を持つのは、監査の内容がブラックボックス化していて疑心暗鬼になるためです。反対に、監査を行っている会計士側でも、もっと効率的に作業を進められれば工数の削減ができるのにと思われるケースも多いでしょう。本書は、このようなジレンマに陥っている監査人と被監査人の橋渡しになる一冊です。
本書の構成は、次のようになっています。
- 第1部 監査コストをめぐる概要
- 第2部 決算対応と財務諸表監査コストの最適化
- 第3部 内部統制評価と内部統制監査コストの最適化
まず、第1部で現在の監査を取り巻く状況を総括し、その次に決算・効率化の対象を通常の決算業務(第2部)と内部統制監査(第3部)の2つに分けて解説していきます。
現在の監査業務では内部統制評価業務のウエイトが上がっているため、『内部統制の強化こそが、企業ができる「監査報酬削減の最大の武器」』(本書 p45)という方針で対応策がまとめられています。
私の書評では、いつも類書との比較を行っているのですが、今回の書籍については類書が存在しません。(以前から、この企画を思い付く編集者はたくさんいたのでしょうが、勇気をもって(?)書いてくれる作者がいなかったのでしょう)
そこで、今回はケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズの白川克氏、榊巻亮氏の「業務改革の教科書」(以降「比較書」)を参考書籍として取り上げてみます。
この比較書は会計業務の書籍ではなく、業務改革全般を取り上げたものなのですが、本書の決算業務改善とは相性がいいと感じたので比較書として取り上げました。それは、比較書の特徴を記した、次の文章に表われています。
「企業変革について書かれた良書はいくつかあるのだが、ほとんどが翻訳書である。当然、欧米の企業での変革を前提に書かれている。欧米企業では、トップが変革をリードするケースがほとんどだ。だから変革における悩みのタネも、例えば「中間管理職の変革へのやる気をどう引き出すか」といった、トップからの視線である。
だが、日本企業で変革を立ち上げる際に一番悩ましいのは、実は「いかにトップに味方になってもらい、後押ししてもらうか」である。(中略)本書は、日本企業のなかで変革を起こしたいと思っている、「普通の人」のための教科書である。」(比較書p6)
本来、企業の内部統制は経営者自身が責任を負って設計・運用すべきものですが、実際には経理・内部監査部門が作業の中心になります。そこで、比較書が取り上げている業務変革プロジェクトの要諦が、本書中にも洩れなく取り上げられているのかをみていきましょう。
比較書では変革プロジェクトのポイントを「4つのP」としてまとめています。
- 1PURPOSE 目的が定まっている
- 2PROCESS 到達するための道筋が明確になっている
- 3PROPERTY 装備品、必要な道具が明確になっている
- 4PEOPLE だれと行くか?
上記4項目が本書でどのように取り上げられているかをみていくと
1PURPOSE …決算・監査コストの最適化(なお、作者が監査報酬の最小化を目的としていない点は、極めて適切な視点でしょう)
2PROCESS…全編を通して詳細に解説されています。
3PROPERTY…本文中においても様々な事例が取り上げられていますが、特に巻末付録1の「体系的決算調書例」が参考になるでしょう。
4PEOPLE…これについては、ほぼ、経理部門と内部監査室等に限定されているため、チームビルディングについて特段の章は設けられていませんが、第3部 第6章の「内部統制担当への3つのプレッシャー」(p134以降)などの記載は担当者のマインドをうまく表現しています。
このように、全体の構成も必要にして十分なものだと思われますが、「第8章 内部統制のミクロレベルの評価範囲最適化の実務」中の「キーコントロール」(p188)の考え方、「第9章 DX時代の内部統制」中の「承認に必要な人数は何人が適正なのか?」(p194)などは、自社の業務改善を検討されている方ならば、どなたでも参考になる情報でしょう。
最後に、毎度、毎度、ですが、本は書店で買いましょう。
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